432 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:43
小学校の頃の話。

その日は体育が雨で潰れ自習になったので、クラス全員で図書室に行った。
例の如くズッコケ3人組などを手に取り、先生のいる時だけ読んでいるポーズを取って、いなくなるまでやり過ごしていた。
もちろん、先生がいなくなれば、いつものように仲間と暴れまわるために・・・。
しかし、その日は外の暗い空を見て、何か得体の知れない空気が辺りにに充満している錯覚を覚えていた・・・。


433 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:44
これから楽しい鬼ゴッコが始まる事を思い、思い過ごしに違いない・・・と考えながら、
次の瞬間には誰が鬼になるのかを決める為、先生にバレないようにヒソヒソと話した。
先生が図書室の引き戸をバタンッと閉めると、不意に冷たい風が吹いた気がした。
嫌な予感を拭い去るように、次の瞬間には皆で笑いながら走り始めていた。
大人しい生徒達が怪訝な顔をする中、図書室を一杯に使って逃げ回った。
図書室のような閉鎖された空間で鬼ゴッコをする時は、机や椅子やカウンターを駆使しながら逃げるのが常套手段だ。
次の鬼の行動を常に予測しながら必死な顔で追いかける彼を、からかうようにして上手に逃げていた。

少し走り疲れて、カウンターの隅に隠れるようにして暫しの休息をはかる。
そんな時にソレが目に飛び込んできた・・・


434 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:46
いつも明るい女子生徒の一人が図書室の隅の一点を、生気の感じられない何者ともつかない表情でじっと見つめていた。
今までに見た事のない彼女の表情・・・
いや、同じ小学生があんな表情をしている様子を見たのは、それが最初で最後だったと思う。
さっきまで鬼の次に取る動きを洞察していたその視線は、完全に彼女に奪われた。
瞬間、時が止まっているかのような錯覚を覚え、彼女の背に窓越しに映る暗く重く空は悲鳴をあげているようだった。
同じテーブルに着いている女子生徒達も、心配そうな顔で彼女の様子を窺っていた。
彼女達を見ている時、こちらに接近している鬼の姿が横切り、ハッと我に返り、
器用にサイドステップをきり、その場がら離れた。
気付かれた事を悟った鬼は悔しそうな顔をしたかと思うと、こちらを追うのを諦めたようだ。
時が止まっていたのは彼女とその周り、そして俺だけで、雑然と追いかけあう彼等の時間は止まってはいなかったのだ・・・
鬼から逃れたのと、得体の知れない止まった時間から抜け出せたのとで、安堵感を覚え胸を撫で下ろした。


435 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:50
それからしばらく鬼とのせめぎ合いが続いた。息をも吐かせぬギリギリの攻防だ。
先程の事もあってか、動きの冴えなくなった俺は、徐々に鬼に迫られる場面が多くなった。
図書室のような障害物の多い条件下では、捕まって鬼になる事は、即その一時間の敗北を意味する事となる。
逃げるのが容易だという事は、それだけ鬼になった時の苦労も大きいからだ。
そんな事を考えていても逃げ切れる程小6の鬼ゴッコは甘くは無い。
やはりすぐ側まで追っ手がやってきている。
あぁ、終わった・・・そう思った俺の予想に反して、体に鬼の手の感触を味わう事はなかった。
「ガタン!ドカドカ!」
鬼はあろうことか、他の生徒の座っている椅子につまづいたのだ。
突然の出来事に後ろを振り向くと、すぐに俺を含めた仲間の皆から笑い声があがった。
他のテーブルに座っていた数名の生徒からも笑い声が漏れていた。
それぐらい派手な“コケっぷり”だった。
しかし、周囲の反応は増すばかりだったが、俺の笑いはすぐに止んでいった。
鬼のつまづいた椅子の上には彼女が座っていたからだ・・・。
彼女は下を向き長い髪で顔が隠れてしまうほど首を垂らしていた。
ブツブツ・・・となにか呟いている・・・
同じテーブルを占有している女子生徒達の内、数名は涙を流していた。


436 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:52
「ギャーーーーーーーーッ!!!!」
「お前は呪われてる!!!!!!!!!!!!」
顔を上げた彼女が突然叫び声をあげた。
大声で呪われてる!!という叫び声を聞いて、それでも声を出して笑っていられるほど俺も仲間も鈍い連中では無い。
というより、素直にビビってしまっていた・・・。
引き攣った笑顔を見せる者はいたと思ったが、気を紛らわせようと必死だったに違いない。
ただ、その時の俺はもはやそれどころではなかった。
一応は瞬時に周りの反応を見回しはしたが、周りを気遣う余裕などなかった。
なぜなら、彼女の怨めしい視線は微動だにする事なくこちらを向いていたからだ。
目の前に居るのは、あの明るい彼女に違いない。間違いなく彼女だ。
しかし彼女のその表情は、生きながらにして憑き物に憑かれた者のそれだった。
瞳孔を開き睨みつづける彼女に対して、何も言う事が出来なかった。
あの時の俺はどんな表情をしていただろうか?
床にへたり込む寸前だったかもしれない。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そう叫ぶと彼女は、心配しながら側に居た女生徒の腕の中に倒れこんだ。
失神をした時のようにグニャッと柔らかい体のまま崩れ落ちたかと思うと、次の瞬間には顔を歪めて号泣していた。
正気に戻ったというか・・・彼女から何かが出ていったように感じた・・


437 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:53
「オ・・・オイ、俺が・・・・・・・呪われてるってどういう・・事だよ?」
明るい彼女からは想像もできない顔で泣いているとはいえ、
“得体の知れない何か”から彼女自身に戻った事を確認すると、勇気を振り絞って声をかけた・・・。
ふと外を見ると空はまだ重い・・。
「に・・にんっ・・・ヒッ・・・・にんぎょ・・・ヒッ・・・・・・」
泣いている彼女から、すぐにしっかりとした言葉を聞き取る事はできなかった。
怯えた女子が何人も泣いていた。
男だから・・皆がいるから・・・泣きたいのは俺だよ、と言うのを我慢し、仲間と協力して皆を落ち着かせるよう務める。
泣き声と喧騒の飛び交う中、仲間と同じテーブルに座り、励まされながら状況を理解しようとしていた。
不思議なもので、こんな時でも男子と女子の境界線はしっかりとしているものだ。
直接聞こうとしても「今興奮してるからあんたは話し掛けない方がいいよ」とたしなめられ、それに素直に従うしかなかった。
不意に、それまで異質感を感じていた窓の外ではなく、
まだ呑気に鬼ゴッコをしていた時に彼女が見つめていた方向に目をやった。
寒気を感じたのは言うまでもない。
例のテーブルでは、泣きながらもようやく落ち着きを取り戻しつつある彼女が、周りの女生徒と話している・・・


438 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:54
殆どの女生徒が泣いている中、気をしっかりと持った女生徒の一人が彼女の話の聞き役になっていた。
その話を聞いてるからかどうかは定かではないが、
彼女の周りの生徒達は例外なく激しく泣いているのに、聞き役の生徒だけは違っていた。
普段はそんな事を感じなかったが、きっと芯の強い女性なのだろう。
やがて彼女から話を聞き終えると、女生徒はゆっくりとこちらへと近づいてきた。
その姿が一瞬、先程恐怖したこの世のものと思えない、こちらを睨みつけるあの表情に見えた気がした。
すぐ側まで近づいた女生徒の表情はいたって冷静だった。
安心して彼女の話に耳を傾ける。
「人形が苦しいと言っている。謝ってくれ。・・・そう言っている」
これが彼女から女生徒に告げられた伝言の内容だった。
意味がわからなかった。
人形?謝れ?俺が?どの人形に?
こういう興奮状態の時に、あまりに意味不明な事を言われると逆に不気味さを感じる。少なくとも俺はそう感じた。
彼女に目をやると“あの方向”を指でさして「そこだ」と言っている。
振り返るとそこには、大きな棚とそれに隠れるようにして小さな棚がある。
最初に彼女が恐ろしい表情で見つめていた場所だ・・・


439 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 12:56
「そこだ」
彼女が指した場所には皆が不気味さを感じたのか、俺と仲間以外は少しずつ後ずさりをしていた。
駆けるようにして離れた者もいた。
深く深く深呼吸をして、俺はその場所を確認する事を決めた。
既に女生徒はほぼ全員泣いていたし、男子生徒ですら青い顔をしていた。
事態の終息をはかる為にも行かない訳にはいかなかった。
それどころか、集団心理とは恐ろしいもので、泣きながら「行け」「謝って」と言う者が数名いた。
普段は仲良くしているというのに・・・薄情なものだ。
彼女はまだ泣いている。
周りには『行って謝れ』という表情をしてこちらを見る女達・・・。
棚のある場所は、既に“得体の知れない”では無くなっていた。
本当に人形があったらどうしよう?そんな事を考えながら少しずつ足を進めた。
背筋が凍る程の冷たい空気がそこに集中している。
一歩、また一歩、と進むにつれ、冷たさ、重さが大きくなる。
大きな棚の横を通り、死角になっている棚の一歩手前まで来た。
あと一歩を踏み出す前に気付いた。
今の今まで感じていた冷たさ、重さ、暗さが嘘のように消えているのだ。
「え?」
無意識に声を上げてしまった。
さっきまで目の前に感じていた違和感を背後に感じたからだ。
振り向こうとする体が重い。無機質に並ぶ本が歪んで見える・・・。
ゆっくりと彼女の方を見ると、
そこには呪われてると言って叫んだ表情とも、俺を睨みつづけた表情とも違う新たな彼女がいた。
・・・声も出さずに笑っているのだ。
クチは耳につきそうなほど裂けている・・・。
俺が恐怖に怯え、固まっていると、彼女の顔は人形のように無機質な表情に変わった。
そして・・・


440 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 13:00
「苦しい!!早く謝れぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!」
冷たい図書室に三度何者かの悲鳴があがった・・・
彼女が例の如く他の生徒の腕に崩れ落ちると、彼女の方を向く俺の真後ろにあの冷たい空気は戻った。
ゆっくりと振り返り本棚へと視点を戻す。
「謝って・・・」「もうやだぁ・・・・」「なんで私達までこんな目に・・」
後ろからすすり泣く声がする・・・。
目の前にいるとされている人形に悪い事をした覚えなどない。
泣き声を尻目に逃げるわけにはいかない。
あと一歩足を踏み出すしか選択肢は残されていなかった。
ふと、先生を呼びに行くって言ってたのにどうしたんだよ!などと、悪あがきが頭に浮かぶ・・・。
小さな本棚の見える、あと一歩を俺は踏み出した。
この自習が始まった時から六感は感じていた。
それでも信じたくなかった・・・しかし、そこにはあった・・・。
「うっ・・・・・・・・・」
情けない声が漏れた。
固まる俺に、心配した仲間達が駆け寄る。
「うわ!マジかよ!!!!!!!」「なんだよ・・・なんでだよ・・」
それぞれに声をあげる・・・・。
そこには小さな日本人形があった。弓を射る姿勢をとった平凡な日本人形だ。
ただ一つ普通の人形と違うのは、
弓を持つ筈の手に弓は無く、代わりに楊枝のようなものが細い手を通りぬけ、それは無残に人形の首を貫いていた。


441 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 13:01
俺の仲間の反応を見て油断したのか、一部の生徒達が人形の様子を覗きに来た。
頼んでもいないのにこちらに来て叫びながら逃げていった・・・。
人形の目はどことなく泣いているようにも見える。
「怖いから早く謝ってよ!!!!」
後ろから声が聞こえてくる。
俺は皆が見守る中、その人形に向かって土下座をした。
「ごめんなさい・・・」
消え入りそうな声で謝った・・・。
不思議と怖さは消えていた。
人形の悲しげな実体を見て、恐怖を感じていた自分を悔いたからだ。
こんな酷い姿になって寂しそうな顔で立ち尽くす人形を見て、怖がっていた事を悪かった・・・。そう思った。
衆目の前で床に頭をつける行為への躊躇いも消えていた。
「もう許すって・・・」
後ろにいた彼女がそう言った。方々から安堵の声があがる。
声がしても俺は暫らく頭を上げなかった。
この人形の首に楊枝を刺したのは決して俺じゃない。
ただ、怖がってしまった事に対してしっかりと謝りたかった。
頭を上げた俺は、ゆっくりと慎重に首に刺さっていた楊枝を抜いた。


442 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/31 13:05
『呪いは解かれた・・・』
頭の中で声がした。
ガラッ!!・・・ドアが開く・・先生だ。
今頃になって青い顔をして、事情を聞いて回っている。
何人かの生徒達はまだ泣いていて先生大慌てだ。
ふと彼女に目をやると、そこにはすっかり泣きやんだいつもの友達がいた。

窓の外を見る・・・。
雨もやみ青い空から日差しが差していた。
静寂と喧騒の入り乱れる空間では気づく事ができなかった。
窓に近寄って校庭を見ると、サッカーボールが転がっていた。
「オイ!昼休みはサッカーにしようぜ!」
「えー、雨やんだばっかだし泥まみれになるじゃん!」
「関係ねーって。アルシンドだって雨の日強いじゃん!河童頭だし!」
「頭はほっとけよ!・・・ってアレ?このままだと明日の鬼ゴッコも俺が鬼?」
「あったりめーじゃん」
廊下をいつものように走り、いつものように話した。
今はそれだけで充分だった。

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